時間銀行に口座開設?

もし健康がお金で買えるならば。時間がお金で買えるならば。そんなことを考えてしまう程度には、不調かつ多忙です。多忙だから不調なのだろうとは思うのですが、ままならないときというのもありますよね。ああ、時間が欲しい。そうすればもっとゆっくりしっかり眠れるのに。時間を買うなんていうと、定番ですが『モモ』を思い出します。時間泥棒に時間貯蓄銀行、初めて読んだときはその言葉というか、発想力に驚きました。とはいっても初めて読んだのは小学生のときかな。箱に入ったハードカバーに、どきどきしたのを覚えています。当然買ってはもらえなかったから図書室で借りたんですけどね。懐かしいなあ。大人になってからも何度か読みました。人間って、年をとるごとに時間の経過を早く感じるそうですね。それはつまらない一日が早く終わるということではもちろんなく、例えば子供の頃長いと感じた一年も、大人になると「もう終わっちゃうの」なんて思う状態のこと。年末になると思いませんか。今年は何をしたんだろう。大したことをしないままに終わってしまった。時間がお金で買えればなあ……って、かなり高価そうですけどね。時間銀行に口座は持っていないので、なんとか自力で時間を捻出して、体調を戻さなければ。

心がめきめきと元気になる絵本

本は落ち込んだ心を元気にしてくれる作用があります。特に絵本は即効性がありますね。小説や映画は数分では読み終わらないし、観終わりませんが、絵本は数分で読み終わるものが多いです。その短い時間で、冷たくなってしまった心を温めてくれて、モヤモヤしていた気持ちをスッキリさせてくれるのですから、素晴らしいです。
絵本にもさまざまなテーマのものがありますね。母親と子ども、動物と人間、恋人同士の話、家族の話など内容もいろいろ。素敵な絵本はたくさんありますが、その中でも私が元気をもらえる絵本の一つが「しろいうさぎとくろいうさぎ」です。せつない思いを抱えてしまった時や、身近な人を信じられなくなりそうな時にこの本を読むと、心がほんわかしてくるのです。心が温かくなり、元気が出てくるのです。人を好きになる、とかずっとこの人と一緒にいたい、と思う気持ちはもっと自然でいいんだ、と素直に思わせてくれる本なのです。ちょっと心が疲れてしまった時などには、家でこの絵本を開いて、じっくりと読みます。一文一文しっかりと読むことで、めきめきと心が元気になってきます。
この本は友達が私にプレゼントしてくれたもの。何度読んでも飽きるということがなく、いつも私を支えてくれる本です。これからもずっと大切にしていきます。

ラストを覚えていない本を読み返す

子どもの頃読んだ絵本の中で、結末を覚えていないものもあります。「あれ?この話、最後はどうなるんだっけ?」とか「どんな話だったかな?」と内容さえも明確に覚えていないものもあります。その絵本が印象に残っていないせいでもありません。その時はとても楽しく、面白く読んだはずなのに、大人になってから思い返そうとしてもなかなか思い出せない、ということがありますよね。自分の記憶力の問題かもしれませんが。
でも、そういった絵本については気になって、改めて読んでみるとこれがまた面白いですね。文章はシンプルなのに、その一文一文はとても大切なことを語っていて、子どもの頃に感じた思いと、また違った感情が出てきたり、違った見方ができます。大人になりましたからね。子どもの頃とは違った感想を抱くのは当然です。読んでいくと、忘れていた細かい部分も思い出してきて、「あ、そうだった、そうだった」と愉快な気分になります。
絵本だけでなく、小説においてもそうです。以前に読んだはずの本なのに、内容が定かではなかったり、最後どうなるのかを覚えていなかったり。それも再度読んでみると、いろいろな文章が思い出されてきます。いい本は、何度読んでも感動しますし、面白いものです。

犬同士の関係もいろいろあるもの

人間にも相性があると同じように、犬にも相性があるようです。家には犬が2匹いますが道行く人には、その2匹の犬の姿が見えるようになっています。もちろん、こちらの犬たちからも道行く人や犬を見ることができます。いつも人や車や犬が通るのを見ているわけですが、犬によってものすごく吠える場合と、キュンキュンと鳴く場合、無反応の場合、があるようです。普通に見れば、吠えまくる時は、相性が悪いのでしょう。こちらもあちらも吠えまくります。でも、キュンキュンと鳴くというのは、少なくともこちらは気に入っている犬なのでしょう。
ある日、いつも通る犬でお互い吠えまくる関係の犬が通りかかった時のこと。その犬は当然今日も負けじと吠えようと思って吠え始めたのですが、その時家の犬は散歩に出かけていて、そこにいなかったのです。でも、その犬は奥にいるのだと思い、吠え続けます。「隠れてないで出てこいよ」という感じですね。飼い主さんがいくら「いないんだよ」と言っても、吠え続けます。どうやら、自分に恐れをなして出てこない、と思ったか、実は吠えるのを楽しみにしていて、出てくるのをひたすら待っていたのか、それは私には分かりませんが、しばらくその場を離れたがらなかったようです。犬同士の間にも、きっといろいろな思いや関係があるのだな、と思いました。

ハーブティーをおいしく入れる努力

美容にもダイエットにもいいと言われるハーブティー。以前読んだ小説で主人公の女性が飲んでいたのを見て興味を持ってから飲むようになったんですが、私もハーブティーは大好きです。と言っても、お店でいただくハーブティーは本当においしいと思うのですが、自分の家で、ハーブティーを入れると、おいしくない場合が多いのです。かろうじて自宅で飲めるのは、ハイビスカスとローズヒップくらいでしょうか。他のハーブティーは苦いだけだったり、味がしなかったりと散々です。いくら美容にいいと分かっていても、おいしくないと飲めないものです。そこで、自宅で飲む時には、ハイビスカスやローズヒップにしています。それもたまに、ただ酸っぱいだけで、それほどおいしく感じないこともあります。
何が原因なのか、考えてみました。やはり、ティーバックではダメなのかと思い、ハーブティーの葉を買ってきて、熱湯を注ぎ、飲んでみることに。それでもお店ほどの味は出ません。味はするのですが、おいしさが足りないのです。それは仕方がないことなのかもしれませんね。お店の人はプロですからね。まだまだ研究が足りないようです。
でも、できるだけ自宅でもおいしいハーブティーを飲みたいので、今度はガラスのポットなどを用意してみようかとも思います。見た目や雰囲気も肝心ですよね。それまでは、レモンやジャムなどを入れて、また違ったおいしさのハーブティーを楽しみたいと思います。

魅惑の本棚整理

掃除は得意ではないのですが、本棚の整理は大好きです。大掃除でも、のずは本棚から着手してしまうんですよね。そしてこれは、大きな失敗への第一歩なのです。本棚を整理しているうちに、読み始めてしまいますから・・・。整理整頓と、雑巾の拭き掃除と、いらない本をまとめるのと・・・と、結構な任務があるはずの本棚周囲ですが、一冊読み始めてしまう可能性があるのです。そこからはもう止められませんからね。この話をすると、大抵の人が「あるある」と言って頷いてくれます。普段、自分の家に本棚を置かなくて、マンガや小説、どれにしてもあまり本は読まないというタイプの友人もいますが、この話には賛同してくれました。「アルバムの整理なんかも同じかんじ」と言っていましたから。なるほど、読み始めたらとまらなくなってしまうのは、なにも小説やマンガだけではないですしね。たまった雑誌を捨てるとき、どれか取っておきたいもの、切り抜いておきたいものなんかを吟味するのも、結局たくさん時間をくってしまうものですよね。意を決して母親に頼んだことがありましたが、見慣れない本棚のラインナップに引かれて、掃除奉行の母親の手も鈍りがちになっていました。そういうものなんですね。

どう違うのか分からなかった友人の話

私の友人で、「wifi」と「wi-fit」の違いを、ずっと分からないままでいた人がいます。ネタだと思うかもしれませんが、本当です。前者がネット回線の用語、後者がゲーム機ということは、現代人が誰しも知っていることかもしれませんね。wifiがまだ定着していないころだったので仕方ない・・・と主張している友人ですが、私はそんなのは無茶苦茶な言い訳だとしか思えませんでした。そんなところも面白くて好きなんですが・・・。だってそもそも、全然名前、違いますよね。そりゃ似ているけれど・・・。だから彼女は、よく飲食店などで「wifi使えます」とかいてあるポスターやシールを見かけるたびに、「どうしてあのフィットネスみたいなゲームマシンが、こんなところで使えるんだ・・・?」と不思議に思っていたらしいですよ。もちろん、それが違う認識だということは分かっていて、「きっとこれは何か別のものなんだろうけど・・・」という変な気分のまま過ごしていたそうです。今更聞けないことってありますもんね。特別機械音痴な人でもなく、むしろネット環境などはうまいこと使いこなしている人なんですが、こういう意外なところで落とし穴があるものなんですね。最近は、仲間内で集まると、このネタで彼女をいじるのが定番になっています。

いつから大人になれるのか

ブラックコーヒーが平然と飲めるようになったとき、しかもおいしいと思うようになったとき、更に自分から飲みたいと思うようになったとき、私は「自分は大人になったんだ」という気持ちになりました。みなさんには、そんな瞬間がありませんか?煙草やお酒が、法律的に許可されるのは二十歳からですよね。選挙権もこの年齢からです。世間的、法律的には、二十歳は大人の節目ですが、まだまだ子どもだと認識する人は多いですよね。大人にも、子どもにも。「もう子どもじゃないんだから」という言葉と、「まだ子どもなんだから」という言葉は、都合良く使い分けられるものですから・・・。私も、どちらも使ってしまうことはあります。自分が年輩の人だから、「まだまだ子どもだ」と言われると、むっとしてしまうことも、安心してしまうこともあります。自分から「私はまだ子どもなんだから」と言ってしまうことだってあります。それは、たとえば「両親からみたら、いつまでたっても子どもは子ども」というような意味ではなく、ボーダーラインの話なわけで、当事者として悩んでいる人は多いかもしれません。中学時代、「孫」をカラオケで歌えるようになったら大人だと言っている同級生もいましたし、高校を卒業したころ、「ハーゲンダッツを自分で買えるようになったら大人」と言っている友人もいました。人それぞれ、面白いものです。

切符とチャージ

今はパスモやスイカなど、チャージするタイプの乗車券が一般的になって来ましたよね。普通の切符を購入する機会って、どんどん減っているような気がします。かく言う私も、ほとんどチャージです。定期券だってそうなっているので、わざわざ改札に入るたびにパスケースから出して、入れて、またとって~という行程を踏まなくなりましたよね。アニメのオープニングのシーンで、主人公の定期がそのタイプだったので、憧れて一般定期を購入していた友人がいましたが、やはり不便だったようで、いつの間にかチャージタイプに変更していました。駅できちんとした手続きをすると、乗り換えられるものなんですかね?まさか買い直したなんてことはないと思うんですが・・・。チャージは便利で、駅付近のショップや自動販売機は、全部使えますから、財布や小銭を出さなくていいのは魅力的ですよね。初めてピッとかざすだけで購入出来たとき、マンガや映画の中で散々憧れていた近未来のSFのようだと思って、静かに興奮していたのを思い出します。ただし、まだまだ切符の出番はあるもの。私の祖母の家は、自動改札がない最寄り駅なので、そこに行くときはいつも切符を購入します。一日乗り放題券なんかも、切符を使っているころは多いですし、しばらくはご一緒出来そうです。

アイスが溶ける

溶けたアイスって、元々のアイスよりかなり甘いような気がします。これって気のせいなんでしょうか?溶けたアイスをそのまま冷凍庫に入れても、甘い部分だけが不自然に固まってしまって、元通りにはならないですよね。それが残念で仕方なくて、更に初めて知ったときは悲しい衝撃を受けたものでした。そのあと、絵本に乗っていた「アイスクリームの作り方」で、主人公の女の子が、定期的に何度も何度も自分の家の冷凍庫を開けて、アイスクリームの元をかき回しているのを読んで、なんとなく察しました。「作る上でこんなに苦労しているのだから、保つのもきっと簡単なことではないのだ」と、本能的に察したのだと思います。こんなきちんとした言葉にはなっていませんでしたが、子どもなりの概念として理解していたんでしょうね。「なら仕方ないや」と思って、「溶ける前に食べてしまおう」という勢いに繋がったのです。以来、もったいなくてとろとろ食べるということはなくなりました。溶けてしまったら元も子もないのだと思って、ものすごく早くアイスを食べられるようになったのは、ひょっとしたら良かったのかもしれませんね。凍らせたジュースが、甘い部分から溶け出すということを実感したときも、やたら感動していた記憶があります。