読む本はストックしておきたい

本が好きな人なら、誰でも経験があると思うのです。
私は、週に何度も本屋さんへ足を運びます。買い物のついでに…、移動のついでに…などと理由をつけては、本屋さんの近くを通るようにしているのです。
同じ本屋さんのこともあれば、古本屋さんだったり、テナントの一つだったりします。どんな品揃えなのか、新刊でチェックし忘れている物がないかなど、見るべきところはたくさんあるのです。そして、購入しないよりもしてしまう方が圧倒的に多いのは言うまでもありません。
こうした生活をしているので当然、自宅には本がどんどんたまってしまいます。読むよりも購入する方が早いので、未読のものが積まれていくのです。
家族からも友人からも、「今あるものを消化してから買ったら?」とよく言われます。けれども、店頭で「面白そう!」と思ったものはなるべく手元に置いておきたいですし、今は本の部数自体が減っているようなので、ちょっと買うのを忘れているだけで、気が付いたらすでに絶版になっていた…ということもあり得るのです。
それに、一冊読み終わったら次に面白そうな本、読みたいものがすぐ手元にあると便利です。読むスピードを崩さずに次の作品に取り掛かることができます。
読みたいときに手元に本が無いこと、それほど大きなストレスは無いかもしれません。それを回避するために、今日も本のストックを買いに行ってしまうのでした。

入院中の読書について

入院してしまった友人に聞いた話です。入院期間はそれほど長くは無かったのですが、絶対安静でもなかったので、大好きな本をたくさん持ち込んだといいます。
入院中は検査もあったりして意外と忙しく、手術を挟んだので2日ほどは全く何もできない日があったといいます。それでも、人間の回復力というのは素晴らしく、ベッドから起き上がれるようになると、本も読めるようになったようです。検査も少なくなり、食事と回診の間には格好の読書タイムになったといいます。
普段、仕事をしているとまとまった読書の時間をとることは非常に難しいことです。友人のこの話を聞いて、私はうらやましく思ってしまいました。病院は体調の悪い人がいて、健康を管理されるところですから、空調も快適な温度に調整されています。飲み物も制限が無ければ、フリーのお茶があるようですし、自分で用意することも可能です。
自宅やカフェ意外に、こんなにも読書に最適な空間はあるでしょうか。
そんな友人ですが、腹部を手術したため、退院のときには重いものが持てなかったそうです。持ってきた本は当然、持ち帰らなければいけません。迎えに来た家族に持ってもらい、ちょっと文句を言われてしまったということでした。
私も、もし入院することがあれば本を持ち込むでしょう。けれども、量については気をつけないとな、と思った次第です。

本と友情のバロメーター

私は、年齢を重ねるにつれて友人が増えてくるという、幸せ者です。
学生の頃に友人になった人、社会人になってから友人になった人。時間を経てもお付き合いしてくれる人がいるということは、なんともありがたいものです。だんだんと新しい出会いは減っていますが、趣味や仕事のかかわりなどで、なるべく人とは接するように心掛けています。
何年も付き合っている関係となると、たまにメールを交換するくらいで、なかなか会えない人も出てくるものです。しかし、私の場合には、何十年ぶりに会うことになったとしても、たいていの友人とは共通の話題があります。
その中のひとつは、本です。出会ったころに流行っていたものから、新刊まで。「今どんなものを読んでいる?」「最近ではこれが面白かった」そんな会話から、話題が少しずつ広がっていくのです。会うまで少しの緊張を伴いますが、別れる際には「また時間が合ったら会いたいな」という雰囲気がお互いから出ているようになります。友情が長続きするテクニックではありませんが、何か一つ友人とのゆるぎない会話の共通点を把握しておくと良いかもしれませんね。一度知り合った人は、できる限りの間大切にしていきたいと思っています。こちらからのちょっとした気遣いで、こうしたことは意外と簡単に継続することができるのではないでしょうか。

図書館はテーマパーク?

本に興味のある人もない人も、図書館に行けばつい長時間滞在してしまうものではないでしょうか。
フラフラと本棚の間を歩いているだけで、一冊や二冊は興味のある本を見つけられると思うのです。本と一口に言っても、堅苦しいものばかりではなく、ファッション雑誌なども置かれている場合もあります。
閲覧コーナーで、新聞を捲っているお年寄りを見かけることもありますよね。
静かな空間が苦手という人もいるかもしれませんが、それもまた非日常を感じることができて面白いのではないでしょうか。社会人になると、なかなか静かな空間というところに身を置くことも稀だと思うのです。
実は長年同じところに住んでいながら、まだ地元の図書館には行ったことが無いという人に会うことがあります。何を詠めばいいのか分からないといいますが、図書館ほどお金を気にしないで読むものを選ぶことができる場所はそうそうないでしょう。一度足を踏み入れれば、病み付きになること間違いナシだと思うのです。
返却日を気にしなければならないというポイントもありますが、ほとんどのところで時間外となれば返却ボックスが建物の外に設置されるのではないでしょうか。意外と、融通も利くものなのです。ぜひ、未知のテーマパークへ一度足を運んでいただきたいと思っています。

海外小説を読む

普段からよく本を読む私。特にジャンルにはこだわらず、新しい作家さんや話題の書籍などを発掘していくことは大好きです。ですが、やはり読みにくいジャンル、手に取りづらいジャンルというものはあるようで、私にとってのそれはどうやら「海外小説」のようです。
何がそうさせるのだろうと改めて考えて見ましたが、まず挙げられるのは、「登場人物の名前が覚えづらい」ということでしょうか。やはり馴染みのない名前がたくさん登場してくると、最初の頃はどうしてもその人物像と名前が一致しません。誰だったっけ?と、ページを巻き戻すことが多々あります。
また、海外小説ならではの表現方法に時々白けてしまうことがあるというのも原因のひとつかもしれません。普段私たちが使わないような言葉のつかいまわしやジョークを見るにつれ、「非日常感」を感じずにはいられないのです。これはお国柄とも言えますので、逆に言えば海外小説の醍醐味であり、常に親しんでいるような人にとっては「これが味だ」とも言えるのかもしれませんが。
ですが、ここ最近この海外小説を読む機会があり数冊読んでいるのですが、まだ苦労しつつもその楽しさがなんとなくわかってきたような気がします。このまま新しいジャンルの開拓に繋げられることができれば、と思っているところです。

姉弟物語

幼馴染の話です。彼女には、3つ下の弟がいます。いつの頃からか彼女は、弟の存在がなんとなく疎ましく思えるようになったというのです。ついに、高校を卒業する頃には同じ家に居ても会話をするということがなくなってしまいました。同級生の中でも、年子の弟がいましたが、そちらはお互いに名前で呼びあうほど仲が良く、一緒に遊びにいったりもしているようでしたので、彼女の告白は私にとっては意外でした。
そんな幼馴染たちですが、小さい頃は普通に仲の良い姉と弟の関係に見えたのです。一緒にお人形遊びをしたりごっこ遊びをしたり、探検だと称して近所を駆け回っていました。年下の弟をしっかり引っ張っていかなければ、という姉心も芽生えていたと思います。
その頃の私たちのお気に入りの遊びは、「姉弟物語」というものでした。一緒に色々な空想をし、それを絵に描いていくのです。物語が展開する毎にまた次の紙に絵を描いていき、まるでちょっとした絵本のようになりました。あの遊びは今思い出してもちょっと独創的というか、なかなかあんなにハマった遊びは他には無かったような気がします。一番姉弟の仲が良かった時期だったのかもしれません。
あのときのことを今、弟の方は果たして覚えているのでしょうか。思春期を過ぎてお互いに大人になった私たち。昔の思い出話を、たまにはゆっくりしてみたいなと思うのです。

翻訳小説についての意外な意見

私は、小説が大好きです。
小学校の国語の授業から、物語を読むことが大好きでしたから、そのまま成長したのでしょう。ジャンルは、何がいいと聞かれればミステリが好きと言いますが、あまりこだわりはありません。邦人作家の作品も、翻訳ものも、面白そうであれば何でも読みます。
そのような感覚でしたから、あるとき友人から聞いた言葉は衝撃的でした。
「翻訳小説を読むと日本の作家が読めなくなる」というのです。「どういうこと?」と聞くと、翻訳家は外国の言葉を日本語に直すお仕事をされています。小説の雰囲気に合せた文体、一つの単語に対してもさまざまな訳の候補の中から選んでいるのです。そんな作品は、とても洗練されていて、読みやすいといいます。一方、国内作品は作家が書いたものがそのまま発表されて、製本されます。校正などは通っているでしょうが、中には作家の個性やこだわりのために「こんな表現あるの?」という言葉は出てくる場合もあります。
私はさほど気にしていなかったのですが、友人はとても気になるということでした。「言葉が整えられている翻訳物の方が読みやすい」とまで言うのです。
もしかすると、私は言葉に注意を払っておらず、物語の内容や流ればかりに重点を置いていたのかもしれません。友人のような捉え方もあるんだなと新鮮でした。

点と円

昔から絵を描くことや文章を書くことが得意だった私ですが、かと言って図工や美術、国語の時間が好きだったかと言われるとそうでもないのです。
身体を動かすことが好きでしたが、だからといって体育の成績が良かったわけではありません。
このように、あるジャンルの中のひとつのポイントが突出しているからと言って、そのジャンルまるごと得意だとか好きだとかという訳ではないということが多々あるのではないでしょうか。
これは、人間に置き換えても言えることだと思います。例えば○○人が苦手だとかよく聞かれたりしますが、個人として見ると決してそんなことはなかったりするのです。「連帯責任」という言葉やその意味も似たような感覚のようにも思います。
ある一点だけを見ると、その周りが見えなくなってしまうことはよくあると思います。ですが、人が何か行動を起こす時は、「点」ではなく「円」でなければならないと思うのです。
少しずつ周りを巻き込んで行かなければ、一人が起こした行動はしょせんその一人のものだけに過ぎず、なかなか広がることはないのです。
誰にも邪魔されたくないというつっぱねる気持ちはこの際引っ込ませて、なんでも吸収、なんでも発展というふうに柔軟な気持ちを持つ方が、人生は随分生きやすくなるのではないでしょうか。

本の話をできる人と出会うと嬉しい

ふと、何かのきっかけで新しい人を紹介されたり、出会うことがあります。
自己紹介の後には、趣味のことなど、当たり障りのない話題となるのではないでしょうか。
私はあまり話題を持っていないので、結局は趣味である読書のことを話すことになります。
ところが、この会話で相手も本のことに興味があるとなると、途端に盛り上がることがあるのです。
本といっても、ジャンルは様々あります。けれども、意外とジャンルはどうでもいいのです。同じジャンルではなくても、知らない分野のことを知りたいように、相手の話もとても面白いように聞くことができます。ジャンルが被らなくても、本屋さんに良く通う者同士であれば、新刊の話題で盛り上がることもできるのです。
このようにして、少しの間でも本の話題で盛り上がることができれば、その人の印象は深く残ります。人の顔を覚えるのが苦手な私ですが、幸いにも印象に残る話題があれば後に覚えている確率はぐっと高くなるのです。
またこの後もご縁が続くのか、その場限りなのかはその時次第です。しかし、見知らぬ人と本の話をすることなんてめったにない機会ですから、出会いはいつ面白いことが起こるのか分かりませんよね。なるべく、多くの人と知り合いたいなと思うのでした。

本好きにジャンルの好みは関係ない?

本、と一口に言っても、世の中にはさまざなまジャンルと種類の本がたくさん発売されています。
小説、ビジネス書、受験資格のテキスト本、画集…などなど。
本好きが10人いれば、好みの本も10通りあるのではないでしょうか。
読書する本というのは、主に小説ですが、小説もまたジャンルが多い本です。本好きというと、主にこの小説を読む人のことを指すことがありますが、意外と好みが全く合わなくても話をするのは楽しかったりします。
人によって、好みのジャンルがあるというだけで、好きなもの以外は全く読まないわけではありません。ですから、共通の本が見つかる可能性も大きいのです。
本好きに、ジャンルの好みは関係ありません。
これは、別の趣味にも言えることではないかと思うのです。
例えば、音楽や映画もひとくくりにされていますが、実は多くのジャンルを抱えていますよね。同じように、ひとそれぞれ好みがあると思います。もしかすると、嫌いなジャンルというのもあるかもしれませんが、興味あるもの以外の情報も自然と入ってくるので、ある程度の知識は身につくのかなと思うのです。
大雑把な括りだと思われるかもしれませんが、守備範囲が広いということで、色々な好みを持った人と会話が広がる良い趣味なのではないでしょうか。