海外小説を読む

普段からよく本を読む私。特にジャンルにはこだわらず、新しい作家さんや話題の書籍などを発掘していくことは大好きです。ですが、やはり読みにくいジャンル、手に取りづらいジャンルというものはあるようで、私にとってのそれはどうやら「海外小説」のようです。
何がそうさせるのだろうと改めて考えて見ましたが、まず挙げられるのは、「登場人物の名前が覚えづらい」ということでしょうか。やはり馴染みのない名前がたくさん登場してくると、最初の頃はどうしてもその人物像と名前が一致しません。誰だったっけ?と、ページを巻き戻すことが多々あります。
また、海外小説ならではの表現方法に時々白けてしまうことがあるというのも原因のひとつかもしれません。普段私たちが使わないような言葉のつかいまわしやジョークを見るにつれ、「非日常感」を感じずにはいられないのです。これはお国柄とも言えますので、逆に言えば海外小説の醍醐味であり、常に親しんでいるような人にとっては「これが味だ」とも言えるのかもしれませんが。
ですが、ここ最近この海外小説を読む機会があり数冊読んでいるのですが、まだ苦労しつつもその楽しさがなんとなくわかってきたような気がします。このまま新しいジャンルの開拓に繋げられることができれば、と思っているところです。

姉弟物語

幼馴染の話です。彼女には、3つ下の弟がいます。いつの頃からか彼女は、弟の存在がなんとなく疎ましく思えるようになったというのです。ついに、高校を卒業する頃には同じ家に居ても会話をするということがなくなってしまいました。同級生の中でも、年子の弟がいましたが、そちらはお互いに名前で呼びあうほど仲が良く、一緒に遊びにいったりもしているようでしたので、彼女の告白は私にとっては意外でした。
そんな幼馴染たちですが、小さい頃は普通に仲の良い姉と弟の関係に見えたのです。一緒にお人形遊びをしたりごっこ遊びをしたり、探検だと称して近所を駆け回っていました。年下の弟をしっかり引っ張っていかなければ、という姉心も芽生えていたと思います。
その頃の私たちのお気に入りの遊びは、「姉弟物語」というものでした。一緒に色々な空想をし、それを絵に描いていくのです。物語が展開する毎にまた次の紙に絵を描いていき、まるでちょっとした絵本のようになりました。あの遊びは今思い出してもちょっと独創的というか、なかなかあんなにハマった遊びは他には無かったような気がします。一番姉弟の仲が良かった時期だったのかもしれません。
あのときのことを今、弟の方は果たして覚えているのでしょうか。思春期を過ぎてお互いに大人になった私たち。昔の思い出話を、たまにはゆっくりしてみたいなと思うのです。

翻訳小説についての意外な意見

私は、小説が大好きです。
小学校の国語の授業から、物語を読むことが大好きでしたから、そのまま成長したのでしょう。ジャンルは、何がいいと聞かれればミステリが好きと言いますが、あまりこだわりはありません。邦人作家の作品も、翻訳ものも、面白そうであれば何でも読みます。
そのような感覚でしたから、あるとき友人から聞いた言葉は衝撃的でした。
「翻訳小説を読むと日本の作家が読めなくなる」というのです。「どういうこと?」と聞くと、翻訳家は外国の言葉を日本語に直すお仕事をされています。小説の雰囲気に合せた文体、一つの単語に対してもさまざまな訳の候補の中から選んでいるのです。そんな作品は、とても洗練されていて、読みやすいといいます。一方、国内作品は作家が書いたものがそのまま発表されて、製本されます。校正などは通っているでしょうが、中には作家の個性やこだわりのために「こんな表現あるの?」という言葉は出てくる場合もあります。
私はさほど気にしていなかったのですが、友人はとても気になるということでした。「言葉が整えられている翻訳物の方が読みやすい」とまで言うのです。
もしかすると、私は言葉に注意を払っておらず、物語の内容や流ればかりに重点を置いていたのかもしれません。友人のような捉え方もあるんだなと新鮮でした。

点と円

昔から絵を描くことや文章を書くことが得意だった私ですが、かと言って図工や美術、国語の時間が好きだったかと言われるとそうでもないのです。
身体を動かすことが好きでしたが、だからといって体育の成績が良かったわけではありません。
このように、あるジャンルの中のひとつのポイントが突出しているからと言って、そのジャンルまるごと得意だとか好きだとかという訳ではないということが多々あるのではないでしょうか。
これは、人間に置き換えても言えることだと思います。例えば○○人が苦手だとかよく聞かれたりしますが、個人として見ると決してそんなことはなかったりするのです。「連帯責任」という言葉やその意味も似たような感覚のようにも思います。
ある一点だけを見ると、その周りが見えなくなってしまうことはよくあると思います。ですが、人が何か行動を起こす時は、「点」ではなく「円」でなければならないと思うのです。
少しずつ周りを巻き込んで行かなければ、一人が起こした行動はしょせんその一人のものだけに過ぎず、なかなか広がることはないのです。
誰にも邪魔されたくないというつっぱねる気持ちはこの際引っ込ませて、なんでも吸収、なんでも発展というふうに柔軟な気持ちを持つ方が、人生は随分生きやすくなるのではないでしょうか。

本の話をできる人と出会うと嬉しい

ふと、何かのきっかけで新しい人を紹介されたり、出会うことがあります。
自己紹介の後には、趣味のことなど、当たり障りのない話題となるのではないでしょうか。
私はあまり話題を持っていないので、結局は趣味である読書のことを話すことになります。
ところが、この会話で相手も本のことに興味があるとなると、途端に盛り上がることがあるのです。
本といっても、ジャンルは様々あります。けれども、意外とジャンルはどうでもいいのです。同じジャンルではなくても、知らない分野のことを知りたいように、相手の話もとても面白いように聞くことができます。ジャンルが被らなくても、本屋さんに良く通う者同士であれば、新刊の話題で盛り上がることもできるのです。
このようにして、少しの間でも本の話題で盛り上がることができれば、その人の印象は深く残ります。人の顔を覚えるのが苦手な私ですが、幸いにも印象に残る話題があれば後に覚えている確率はぐっと高くなるのです。
またこの後もご縁が続くのか、その場限りなのかはその時次第です。しかし、見知らぬ人と本の話をすることなんてめったにない機会ですから、出会いはいつ面白いことが起こるのか分かりませんよね。なるべく、多くの人と知り合いたいなと思うのでした。

本好きにジャンルの好みは関係ない?

本、と一口に言っても、世の中にはさまざなまジャンルと種類の本がたくさん発売されています。
小説、ビジネス書、受験資格のテキスト本、画集…などなど。
本好きが10人いれば、好みの本も10通りあるのではないでしょうか。
読書する本というのは、主に小説ですが、小説もまたジャンルが多い本です。本好きというと、主にこの小説を読む人のことを指すことがありますが、意外と好みが全く合わなくても話をするのは楽しかったりします。
人によって、好みのジャンルがあるというだけで、好きなもの以外は全く読まないわけではありません。ですから、共通の本が見つかる可能性も大きいのです。
本好きに、ジャンルの好みは関係ありません。
これは、別の趣味にも言えることではないかと思うのです。
例えば、音楽や映画もひとくくりにされていますが、実は多くのジャンルを抱えていますよね。同じように、ひとそれぞれ好みがあると思います。もしかすると、嫌いなジャンルというのもあるかもしれませんが、興味あるもの以外の情報も自然と入ってくるので、ある程度の知識は身につくのかなと思うのです。
大雑把な括りだと思われるかもしれませんが、守備範囲が広いということで、色々な好みを持った人と会話が広がる良い趣味なのではないでしょうか。

旅行雑誌を眺めて妄想

時々、旅行雑誌を見たりするのが好きです。国内、国外どちらでも良いのですが、普段の生活から離れたような気分になれるので、特に旅行の予定もなくパラパラと眺めては想像旅行して楽しんでいます。
友人の中には毎年海外旅行するのが恒例の行事になっているという人がいます。プランを考えず行き当たりばったりというスタイルでの旅行を好む友人もおり、そういった友人たちの体験談を聞いているだけで、自分もなんとなくウキウキとした気分になれるのです。
その土地ならではの食べ物も気になるところですね。その土地の名産を現地で食べるというシチュエーションにも憧れてしまいます。「郷に入っては郷に従え」とはちょっと違うかもしれませんが、そこでしか出来ないこと、そこでしか見れないもの、食べれないもの…そういったものに触れることで、その旅行は何倍も楽しいものになるような気がするのです。
また、温泉宿の写真やプランを見るのもいいですね。こんな旅館に泊まりたい!という妄想は、果てしなくどこまでも広がります。最近は洋室より和室が気になる微妙なお年頃だったりするのは余談です。
いつか行きたい場所、泊まってみたい旅館を眺めながら色んな想像を膨らます。これが以外と楽しくて、ついつい時間を忘れて旅行雑誌を眺めるのでした。

憂鬱な事の裏側には

考えるだけで憂鬱になってしまうことってありますよね。学生の頃は宿題とか定期考査とか、出席番号で当てられるのがわかっている時とか。バイトなどで嫌いな人と入るとわかっている時とかもそうですよね。社会人になったら仕事の締め切りがどうのとか、接待があるとか。主婦になってもそうです。家族がいると毎日の献立を考えるのは億劫だと言います。それも小さな憂鬱と言えると思うんです。でもそんな様々な憂鬱の裏には、何か得る物があったりするものです。嫌だと思うテストでも、一生懸命頑張って勉強したら良い点数が取れるものです。自分の頑張りが跳ね返ってくるのを見るのはとても嬉しい事です。苦手な人とのお付き合いは、生きていく中で避けては通れない事です。だからそれを学ぶ事はとてもいい事だと思います。社会人になってからは、周りからの反響や人とのつながりは将来代えがたい物になる事があります。接待などの人をもてなすという事を学ぶのはとても良い事です。お子さんや旦那さんへの毎日の炊事洗濯は、その人達の笑顔なんかが見れて楽しくなりますよね。嫌な事を感じた分、それに逃げずに乗り越えた分きっと少しでもいい方に成長できていると思います。

もらった可愛いブックカバーは大切に使っていきたい

本屋さんではいろいろなブックカバーをもらうことがあります。お店によってそれぞれ違いますが、中には可愛いデザインのものもあります。このようなブックカバーには、いつも出会うことができるわけではないので、もらうことができたときには大切に扱うようにしています。本屋さんでもらうものは紙でできているタイプが多いので、長く愛用していくことはなかなか難しいわけですが、それでも大切にしようという意識を持ちながら使用していけば数ヶ月から半年程度は重宝していくことができます。また、毎日そのブックカバーを使わずにいろいろなものを使いまわしていくような形で日々の読書をおこなっていけば、意外と長持ちしますので、そのような使い方も自分なりに心がけています。本屋さんでどんなブックカバーに出会えるかは、そのときの巡り合いなので自分ではどうしょうもないのですが、出会うことができた場合には愛用していきたいと思っています。同じ本屋さんであっても季節や年毎にデザインやカラーを変えていることもあるので、いつどんなものに出会えるのかは本当に運次第です。このような部分も小説を楽しむ上で重要なポイントだと思っています。

ジャンルを決めて小説を探す買い方

小説を選ぶ方法っていろいろな形があると思うんですけど、ジャンルをあらかじめ決めた上で小説を探す方法をよくやります。たくさんある小説の中からある程度は絞り込まないと、かなりの数の小説と向き合わないといけないので、探すのがかなり大変ということになってしまいます。この際にジャンルを限定させてしまうことで、だいぶ絞ることができます。大きな書店の場合にはコーナーわけがジャンルによっておこなわれていますので、本屋さんの中での移動も少なくて済みますし、なかなか便利なものです。恋愛、推理、スポ根、企業もの、経済ものなどというふうにジャンルを絞ってみると、それまで目に付かなかった本にも目がいくようになるんです。最初はいろいろな本棚に目を向けているので、それぞれの棚の本を少しずつしか目に止めることができず、結局は見落としてしまう本が多くなります。言ってみれば薄く広く目を向けてしまうので、結局はどの本にも興味が持てずに時間ばかりを消費してしまうことがあるわけです。でも、ひとつのジャンルに絞って、ひとつの棚にだけ絞り込むと、スムーズに読みたい本に出会えるので、今後も書店ではこの方法を使っていきたいと思っています。