?!校正のお仕事は職人技

ある小説家のインタビュー記事だったと思います。私の大好きな作家で、デビュー当時からなかなか難しい内容の小説を書かれていました。それでも、読者を惹きつける内容だったのでしょう。私を含めて、もう何十年もファンをしている人が多くいる人です。そんなベテランが、校正との戦いをお話しされていました。
校正のお仕事は聞いたことがありましたが、そのほとんどは誤字脱字の指摘ではないかと思っていたのです。よく、作家のお仕事を書いた本でも出てくる職業です。本にする前の原稿をチェックしてアカを入れて、作家にもう一度見てもらう…。そんなことが印象にあるお仕事でした。
しかし、実際には内容に関しても指摘をする立場にあるとのことです。
例えば、実際にある土地や事件に関して間違いがあるかどうかも指摘するとのこと。さらには、病名や症状に関してもアカを入れることもあるのだそうです。
作家も、場合によっては膨大な資料を読んでから創作に取り掛かるといいます。そのようにして作られた作品をチェックする側も、同じように資料と向き合うということなのでしょう。指摘する作業も、なかなか奥深く、ものすごくたくさんの知識が要るものなのか…と思いました。
このようなプロフェッショナルの手を経て、今私の手元にある作品は創り上げられたのだと思うと感慨深いものがあります。

困ったときには本が頼り!

誰でも、大なり小なり悩みを抱えているものだと思います。
社会人になると、人には聞きにくい悩みも増えるものです。もしかすると、仕事上の悩みだとしても、相談できる相手がいないとか誰に言えばいいのかわからない場合もあるかもしれませんね。
そんなとき、本に頼る人が多いなと思ったことがあります。
確かに、巷ではさまざまなお悩みに対応した本が出版され、並んでいて、誰でも手に取ることができる状態です。例えば、春先になると新社会人向けのマナー本や上司との付き合い方、仕事を効率よくこなす方法などの本が目立つようになります。
他にも、失恋から立ち直るための本、病気関係の本、人間関係の本…など多岐に渡る内容が揃っているのです。
インターネットが当たり前の時代になって、わからないことは誰でも調べられるようになりました。先に挙げたお悩みも、インターネット上であれば無料で答えが見つかるかもしれません。それでも、本を買い求めてしまうのは何故でしょうか。しかも、普段あまり本を読まない人でも、悩みがあると本屋さんへ足を運んでいるように思います。やはり、一冊にまとめられたスタイルが安心を呼ぶのでしょうか。
ジャンルやきっかけがどうであれ、少しでも多くの人が本を読む時間を普段の生活に取り入れてくれれば、悩みも軽くなるのではないかと密かに思うのでした。

病院の待合室の読書は…

病院の規模や受診する科、時期などにもよりますが、基本的に病院の待ち時間は長いとされています。そのために、読書には最適だと思われることが多いようです。
実際に、大きな病院の売店にはたくさんの種類の本が置いてあります。小説から実用書、雑誌もパズルからファッション、健康まで…。幅広い年齢層に対応するためでしょう。院内では携帯電話、スマホの使用は禁止されていますから、自然と本に意識が向いていくところなのかもしれません。
私は病院でなくても、外出のときには何かしら文庫本を持っています。待合室に到着すると、自然とカバンの中から本を取り出します。外では読みやすい短編集やエッセイを持ち歩くようにしていますが、それでもなかなか落ち着いて読むことができません。いちおう、予約をして受診しているとはいえ、診察のタイミングは前後します。病院によっては、モニターで「今〇番の人を診察中です」といった案内が示されることがあります。しかし、全ての病院でこのようなサービスがあるわけではありません。いつ、自分の診察となるのか、呼び出しを受けるのか耳を澄ませている必要があるのです。私は、本の世界に入り込むと聞き逃しをしてしまうことがあります。そのため、数ページ読んでは顔を上げてしまう…という繰り返しになってしまうのです。

オークションでの説明文を作るとき

最近、ネットオークションにハマっています。それも、買う側ではなく出品してモノを売る側です。
自宅の不用品を整理していたら、もう何年も使っていないモノがたくさん出てきました。それらを処分するにも、今はお金がかかってしまいます。リサイクルショップに持ち込んだところで、数百円にもならないこともあったり…。だったら、少し手間はかかってしまうかもしれませんが、自分で売った方がいいのでは?と思ったのがきっかけです。オークションだけに出品していますが、手間と日数はかかるものの、売れていく様子を見るのはなかなか楽しいものです。特に、商品の状態などを説明するために自分で作成する欄があるのですが、買い手に興味を持ってもらうために工夫するところであり、文章の腕の見せ所です。決められた文章量はたくさんありますが、ダラダラと書いても読んでいる側は飽きてしまいます。ここが、自分の文章力の見せ所だと思い、気合を入れて書いています。けれども、送料の説明など重複するところもありますので、そうした部分は土台を作っておいてコピー&ペーストできるようにしています。商品の写真も掲載しますが、大きさや状態などはやはり文章で伝えることになります。こんなとき、読書で語彙力を鍛えておいてよかったなとつくづく思うのでした。

読む本はストックしておきたい

本が好きな人なら、誰でも経験があると思うのです。
私は、週に何度も本屋さんへ足を運びます。買い物のついでに…、移動のついでに…などと理由をつけては、本屋さんの近くを通るようにしているのです。
同じ本屋さんのこともあれば、古本屋さんだったり、テナントの一つだったりします。どんな品揃えなのか、新刊でチェックし忘れている物がないかなど、見るべきところはたくさんあるのです。そして、購入しないよりもしてしまう方が圧倒的に多いのは言うまでもありません。
こうした生活をしているので当然、自宅には本がどんどんたまってしまいます。読むよりも購入する方が早いので、未読のものが積まれていくのです。
家族からも友人からも、「今あるものを消化してから買ったら?」とよく言われます。けれども、店頭で「面白そう!」と思ったものはなるべく手元に置いておきたいですし、今は本の部数自体が減っているようなので、ちょっと買うのを忘れているだけで、気が付いたらすでに絶版になっていた…ということもあり得るのです。
それに、一冊読み終わったら次に面白そうな本、読みたいものがすぐ手元にあると便利です。読むスピードを崩さずに次の作品に取り掛かることができます。
読みたいときに手元に本が無いこと、それほど大きなストレスは無いかもしれません。それを回避するために、今日も本のストックを買いに行ってしまうのでした。

入院中の読書について

入院してしまった友人に聞いた話です。入院期間はそれほど長くは無かったのですが、絶対安静でもなかったので、大好きな本をたくさん持ち込んだといいます。
入院中は検査もあったりして意外と忙しく、手術を挟んだので2日ほどは全く何もできない日があったといいます。それでも、人間の回復力というのは素晴らしく、ベッドから起き上がれるようになると、本も読めるようになったようです。検査も少なくなり、食事と回診の間には格好の読書タイムになったといいます。
普段、仕事をしているとまとまった読書の時間をとることは非常に難しいことです。友人のこの話を聞いて、私はうらやましく思ってしまいました。病院は体調の悪い人がいて、健康を管理されるところですから、空調も快適な温度に調整されています。飲み物も制限が無ければ、フリーのお茶があるようですし、自分で用意することも可能です。
自宅やカフェ意外に、こんなにも読書に最適な空間はあるでしょうか。
そんな友人ですが、腹部を手術したため、退院のときには重いものが持てなかったそうです。持ってきた本は当然、持ち帰らなければいけません。迎えに来た家族に持ってもらい、ちょっと文句を言われてしまったということでした。
私も、もし入院することがあれば本を持ち込むでしょう。けれども、量については気をつけないとな、と思った次第です。

本と友情のバロメーター

私は、年齢を重ねるにつれて友人が増えてくるという、幸せ者です。
学生の頃に友人になった人、社会人になってから友人になった人。時間を経てもお付き合いしてくれる人がいるということは、なんともありがたいものです。だんだんと新しい出会いは減っていますが、趣味や仕事のかかわりなどで、なるべく人とは接するように心掛けています。
何年も付き合っている関係となると、たまにメールを交換するくらいで、なかなか会えない人も出てくるものです。しかし、私の場合には、何十年ぶりに会うことになったとしても、たいていの友人とは共通の話題があります。
その中のひとつは、本です。出会ったころに流行っていたものから、新刊まで。「今どんなものを読んでいる?」「最近ではこれが面白かった」そんな会話から、話題が少しずつ広がっていくのです。会うまで少しの緊張を伴いますが、別れる際には「また時間が合ったら会いたいな」という雰囲気がお互いから出ているようになります。友情が長続きするテクニックではありませんが、何か一つ友人とのゆるぎない会話の共通点を把握しておくと良いかもしれませんね。一度知り合った人は、できる限りの間大切にしていきたいと思っています。こちらからのちょっとした気遣いで、こうしたことは意外と簡単に継続することができるのではないでしょうか。

図書館はテーマパーク?

本に興味のある人もない人も、図書館に行けばつい長時間滞在してしまうものではないでしょうか。
フラフラと本棚の間を歩いているだけで、一冊や二冊は興味のある本を見つけられると思うのです。本と一口に言っても、堅苦しいものばかりではなく、ファッション雑誌なども置かれている場合もあります。
閲覧コーナーで、新聞を捲っているお年寄りを見かけることもありますよね。
静かな空間が苦手という人もいるかもしれませんが、それもまた非日常を感じることができて面白いのではないでしょうか。社会人になると、なかなか静かな空間というところに身を置くことも稀だと思うのです。
実は長年同じところに住んでいながら、まだ地元の図書館には行ったことが無いという人に会うことがあります。何を詠めばいいのか分からないといいますが、図書館ほどお金を気にしないで読むものを選ぶことができる場所はそうそうないでしょう。一度足を踏み入れれば、病み付きになること間違いナシだと思うのです。
返却日を気にしなければならないというポイントもありますが、ほとんどのところで時間外となれば返却ボックスが建物の外に設置されるのではないでしょうか。意外と、融通も利くものなのです。ぜひ、未知のテーマパークへ一度足を運んでいただきたいと思っています。

海外小説を読む

普段からよく本を読む私。特にジャンルにはこだわらず、新しい作家さんや話題の書籍などを発掘していくことは大好きです。ですが、やはり読みにくいジャンル、手に取りづらいジャンルというものはあるようで、私にとってのそれはどうやら「海外小説」のようです。
何がそうさせるのだろうと改めて考えて見ましたが、まず挙げられるのは、「登場人物の名前が覚えづらい」ということでしょうか。やはり馴染みのない名前がたくさん登場してくると、最初の頃はどうしてもその人物像と名前が一致しません。誰だったっけ?と、ページを巻き戻すことが多々あります。
また、海外小説ならではの表現方法に時々白けてしまうことがあるというのも原因のひとつかもしれません。普段私たちが使わないような言葉のつかいまわしやジョークを見るにつれ、「非日常感」を感じずにはいられないのです。これはお国柄とも言えますので、逆に言えば海外小説の醍醐味であり、常に親しんでいるような人にとっては「これが味だ」とも言えるのかもしれませんが。
ですが、ここ最近この海外小説を読む機会があり数冊読んでいるのですが、まだ苦労しつつもその楽しさがなんとなくわかってきたような気がします。このまま新しいジャンルの開拓に繋げられることができれば、と思っているところです。

姉弟物語

幼馴染の話です。彼女には、3つ下の弟がいます。いつの頃からか彼女は、弟の存在がなんとなく疎ましく思えるようになったというのです。ついに、高校を卒業する頃には同じ家に居ても会話をするということがなくなってしまいました。同級生の中でも、年子の弟がいましたが、そちらはお互いに名前で呼びあうほど仲が良く、一緒に遊びにいったりもしているようでしたので、彼女の告白は私にとっては意外でした。
そんな幼馴染たちですが、小さい頃は普通に仲の良い姉と弟の関係に見えたのです。一緒にお人形遊びをしたりごっこ遊びをしたり、探検だと称して近所を駆け回っていました。年下の弟をしっかり引っ張っていかなければ、という姉心も芽生えていたと思います。
その頃の私たちのお気に入りの遊びは、「姉弟物語」というものでした。一緒に色々な空想をし、それを絵に描いていくのです。物語が展開する毎にまた次の紙に絵を描いていき、まるでちょっとした絵本のようになりました。あの遊びは今思い出してもちょっと独創的というか、なかなかあんなにハマった遊びは他には無かったような気がします。一番姉弟の仲が良かった時期だったのかもしれません。
あのときのことを今、弟の方は果たして覚えているのでしょうか。思春期を過ぎてお互いに大人になった私たち。昔の思い出話を、たまにはゆっくりしてみたいなと思うのです。